『人間鞠』松聲館技法レポート(最新技速報)

◆メルマガ動画撮影の進め方


撮影と言っても、予め決まっているのは撮影日時くらいので、他はほとんど決まっていない。
撮影候補の技を先生が予めメモしている場合もあるが、当日稽古していると新しい発見があるのでたいていそこに新しい技が追記されていく。
予定通りには進まないのだ。


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動画撮影の当日、甲野先生からメールが入った。

『人間鞠』の応用に新しい展開がありそうだという文面だったが、稽古前にわざわざ宣言されるのは珍しいことだ。何か予感があったのかも知れない。

『人間鞠』は、先日の恵比寿の稽古会で甲野先生が『人間鞠』の説明をされていたとき、柔道技の研究をしていた我々をみた甲野先生が、柔道の返し技に応用出来ることを発見されたばかり。


◆『小手返し(人間鞠版)』

この日の撮影は甲野先生、松聲館剣術技法研究員の金山さんと私の3人で行われた。先日恵比寿の稽古会で受けた『小手返し(1.5のタイミング版)』は、腕をあげられたところで一度持ちこたえる事ができたので、今回はあげられる前に止めるつもりで受けた。

念のため触れておくと、甲野先生との稽古ではこちらから攻撃を仕掛けない、道場から飛び出して逃げない(笑)など、技の検証に必要な制約はあるものの、技にかからないための工夫はむしろ歓迎される。様々なタイプの受け手に遭遇することで新たに技が進展していくからだ。それは動画撮影前の稽古であっても例外ではない。

それでいつもの通り抵抗を試みたのだが、前回よりもあっけなく投げられてしまった。

甲野先生「受けてみてどんな感じですか?」
私「わからないです。やられている感触が思い出せません。」

やっている先生にも実感がないようだった。こういう時、先生は受け手の感想から技が効く理由を探られるので、受け手としては実感を言葉で表現したり、喩え話で補足したりして感触を伝えるのだが、今回は言葉が見つからない。やられている過程が思い出せないのだ。忘れたのではなく、認識できていないために思い出すことができない。わからないということをそのまま伝えるしかなかった。同じ技を受けた金山さんも驚くしかないようだった。

いくらなんでもこんな簡単にやられるはずはないと思いながら受けるが、実際には簡単にやられてしまう。自分の状態を注意深く観察しながら何度か受けていると、何をされているのか少しずつわかってきた。

腕を持っていかれてから体が崩れるのではなく、いきなり体が動かされている。こちらが腕をあげられるのを防ごうと思っているところへ、腕ではなく体を動かされてしまうためうまく対応できないようだった。

さらに受け続けていると、具体的に体のどこから崩されているのかがわかるようになってきた。

毎回、腰から崩されている。

こちらとしては万全に対応しようとしているところに、「ここが疎かになってますよ。」と教えてもらうような感触で、技を受けるたびに腰が固まっていたことに気付かされる。


◆『払えない突き(人間鞠版)』

『払えない突き』は先生がこちらの胸のあたりを突いてくるのでそれを払って対応する形の稽古。突いてくる場所は胸の前辺りなどと決めてあるので、こちらもそこを突かれるつもりで構えておく。ただし、受け手は予め腕でブロックしておくのではなく、突いてきたら払うようにして対応する。技の名前に『払えない』とついているが、毎回こちらは払う気満々で対応している。出来るかぎり体をまとめて、甲野先生の手が私の射程圏内にきたら、腕に体幹部の重さを乗せて払う。

今回も払うつもりで対応しているのだが、こちらの手が先生の手に触れた瞬間、やはり腰から崩されてしまって抵抗出来ない。

「両手で払ってみてください。」

と言われて遠慮なく対応するが結果は同じ。崩れ方もまたこれまでになく、腰が伸びきってしまって我ながら不格好なやられっぷりだったと思う。

他にも『浪之上』や『(座り)正面の対応』といった技でも人間鞠版を受けたが、やはり腰から崩されてしまって抵抗できない。どの技を受けてもこちらの腰が崩されるようだ。


◆組み手争い

こちらから、柔道で言う釣り手を取りにいくところを先生が払うという形でも検証した。この形では、触れられたと思ったら何故かそのまま入身で背後を取られてしまう。

「なんで後ろに入れると思う?」

先生から質問を受けた。後ろを取りにきた本人から「何で?」と聞かれるのは妙に感じるかもしれないが、先生もこの形で後ろに入れるとは思わなかったのだろう、私も油断している訳ではないから、釣り手が取れないどころか後ろに回り込まれるとは思っていなかった。

しかしこれは金山さんが同じ形で受けているのを横から見ていて直接の理由はすぐにわかった。

「触れられた瞬間、金山さんが止まってしまっているので、その間に後ろに入れるようです」

『払えない突き』と同様、触れられた瞬間に崩されている。しかし、なぜそうなるのかはわからない。

金山さんも技に関係なく同じような崩され方をしているが、それは私とは違う崩され方だった。私の場合はどの形で受けても腰から崩されるのに対して、金山さんの場合はどの形で受けても踵側から足払いを受けたように崩されている。どうやら受け手によって効いてくる場所が違うようだ。


◆初めての感覚

今回のような質の技は今までに受けた記憶がない。以前、甲野先生から技を構成する3つの要素について教わった。稽古をはじめて間もない頃だったが、わかりやすいのでよく覚えている。

・構造が丈夫であること
・起こりがないこと
・体幹部が速く動くこと

これを聞いてから、受けてみてわからない技であってもこの要素のどれに当てはまるか(どの要素が濃いか)に着目すると、わからないながらに自分が稽古する上での助けになっていた。

『払えない突き』でも先生はこれまでに様々なやり方をされていたが、受けた感触は技の構成要素と同じく大きく3つに分類できていた。

・丸太を払おうとするような感覚
・気付いたら目の前にあって間に合わない
・突然予想外の方向から力がくる

しかし、今回はどれにも当てはまらない。強いて言えば三番目に該当するが、どこから来ているかわからないと言った方が正確だ。私にとってはどれにも該当しない新しい感覚だった。

ストレッチやマッサージではとどかないような深いところ、自分の意識では動かせていなかったところが、技を受けることによって動いて意識が通っていく。この感覚がなんとも言えず気持ちよい。甲野先生は以前、歌手のカルメン・マキさんの歌を聴いて体が割れたと言うが、私は技を受けるたびに腰の大きな固まりがハンマーで叩かれて、その表面が少しずつ割り剥がされていくように感じた。

ここまで検証したところで終了時間が迫ってきたので、これまでの技をまとめて動画を撮影して終了した。

この日は、なぜそうなるのかはわからないままだったが、衝撃的な感覚が体に刻み込まれた。

甲野先生も「人間鞠からの展開は、刀の柄を寄せて持つようになったときに匹敵する。」と言うほどの変化で、ますます目が離せなくなってきた。繰り返しになるが、今回受けた技は形は同じでも今までにない質の技になっている。この記事で興味を持たれたら、是非一度受けてみて、どのような感じがするのか味わってみていただきたい。

実際、他の人が受けたらどうなるのか、私も非常に興味がある。人によって反応が違うようなので、もしかしたら「何も起きない」という人も出てくるかもしれない。それはそれで興味深い。

帰り際、着替えも終えて失礼しようとしたところで、甲野先生に呼び止められて『浪之下(人間鞠版)』を受けた。動画撮影のメニューにはなかったものだが、受けてみたらこれも凄かった。最近は滅多なことでは下まで潰されることはなくなっていたのだが、久しぶりに尻餅をついてしまった。やはり今後の展開から目が離せない。



※この記事がメルマガで紹介される頃にはまた甲野先生の技が変わっているかも知れませんが、その時はその時で最新の技を受けてみて下さい!


今回の記事へのご意見や感想、また甲野先生の技を受けた感想など、一言だけでもいただければ幸いです。参考にさせていただきます。質問にもできる限り答えていきますので、記事に関係無いことでもお気軽にどうぞ。

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夜間飛行から発行中の甲野先生のメルマガ「風の先、風の跡」Vol.100で紹介されました!

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